2015年10月6日火曜日

授業のはじまり

先週の水曜から、待ちわびていたPeace Educationのコースがはじまりました。
クラスメイトは16人で、アメリカ、カナダ、ドイツ、ニュージーランド、日本、韓国、カンボジア、トルコともちろん国際色豊かで、しかもみんな必ずしも先生だったわけじゃなく、いろんなバックグラウンドのもとに集まっているので多様性には事欠かない。

授業二日目にグローバル教育とネオリベラリズムについての論文の発表をしなければならず、小難しい英語に頭を悩ませていたけれど、授業はとってもおもしろい!
ネオリベラリズムなんてまた国際関係学みたいで鳥肌が立ちそうだったけれど、要は経済発展に重きを置く姿勢がどうグローバル教育に影響しているのか、ということ。
学校での異文化交流や国際理解教育とかってとても価値のあるものだけれど、イギリスやカナダでは資金面で行き詰まって続いていない現実がある。
一方で大学生の海外留学や国際ボランティアはとても活発で好調。でもイギリスやカナダ、アメリカなどの大学で多くの留学生を受け入れているのは、外国人学生が2倍の授業料を払ってくれるからいい資金源としている...とか。結局、お金と教育を切り離すことなんてできなくて、いい理想を掲げていてもそれを実現できる予算を確保できないと、そしてそれが持続可能な方法でないとできないんだよね。そもそも教育はすぐに結果がでないし、すぐにお金になるものじゃない。でもだからこそ、投資することが大切なんだけれども、目先の利益にとらわれてそんなこと言ってられないよーってなっているのがいまの世の中な気がする。だから、経済主義に偏っている社会構造自体を変えることが必要で、そう思うとわたしには無理な気がして「impossibleだ〜」って言ったら先生から「そんなこと言わないで、ここで勉強しているのはなんのためなの?」と言われてしまった(笑)








そして金曜日は同級生のファシリテートのもと、瞑想からクラスがはじまりました。
授業もなかなか盛り沢山で、環境教育からFuture Education(はじめて知った)にカナダの先住民、日本、ウガンダ(!)での平和教育の取組み、そして宗教と平和教育の関わりについての論文のプレゼンテーション。
ウガンダは北部アチョリ族の子ども兵とそのコミュニティでの和解とリハビリも兼ねた平和構築プログラムについての論文で、映画「War Dance」を思い出す内容。
日本の平和教育については、歴史教育にとらわれすぎている印象。アメリカにこんなことされた、戦争が大変だった、戦争は起こしちゃいけない、という議論はもうおなかいっぱい。これから必要なのは、じゃあどうしたらいいの?っていう、より具体的で建設的なHowなんだと思う。そう、日本の教育っていろいろと詰め込まれる割に、肝心のHowに欠けている気がする。

そんなもやもやがありつつ、そして教師の経験も教育業界の経験もほとんどないわたしにはなかなかコメントしづらい部分がありつつも、クラスメイトとの議論はとても刺激的で、純粋に学ぶ楽しさを感じています。
しばらく論文を読みこなすのと課題エッセイに追われるけれど、集中して好きなことを勉強できるこの環境はとてもありがたいのです。

そして今日はWorld Teachers' Day!
恩師のみなさまに感謝なのです!




2015年9月17日木曜日

Universidad para la Paz

ついに8月は一度も更新しないまま、月が変わってしまいました...

そして、ここ1年ちょっと、ずーっと夢だったコスタリカでの生活がはじまりました。
修士課程プログラムも、やっと本番がはじまったというところ。

コスタリカに来て1ヶ月。

バス通学になったので、朝にちゃんと余裕をもたなきゃいけないとか、
宿題で出される読み物の量とか、物価の高さとか、スペイン語の環境とか、
フィリピンでの違いもたくさんあるけれど基礎コースも終わり、ようやくこっちでの生活も落ち着いてきた気がします。

大学はというと、本当に多様性の宝庫で、100人ちょっとしかいないのに50カ国以上から学生が来ています。でも、中東やアフリカの学生が少なくて、そして中国やロシアという大国からの学生がいないのがちょっと残念。


とはいえ、先週終わった3週間の基礎コースは宿題の読み物がたくさんあったけれど、とーっても濃厚な時間でした。この授業は世界の様々な問題(ジェンダー、環境、国際法、紛争解決、教育、異文化理解などなど)について、違う専攻の学生たちといろんな角度から議論しよう、というクラス。毎回予習ののちレクチャーを聴いて、20人くらいのクラスに分かれて議論をする。

わたしの興味のあるものから全く知らないトピックまで幅広くて、しかもいろんな国の視点が混ざり合うディスカッションは複雑だけどすごくおもしろかった。大国の利益、小国の戦略、他国の思惑、国連の役割...クラスメイトの議論を聞いて入るとまるで小さな世界だな、と思う場面がいっぱいありました。



そんななかでもとりわけわたしの印象に残っているのが、それぞれの個人の差別体験をシェアしたとき。
単純なことだけれど、人種も国籍も関係なく、みんな何かしら差別された経験がある。
わたしのなかで、西欧諸国出身の白人は差別にあわないんじゃないか、むしろ加害者のほうなんじゃないか、というバイアスがどこかにあって、だからこそ彼らの話がとても新鮮で、自分のなかにある偏りに気づけたシェアだった。

というのも、ちょっと苦手なアメリカ人の子が同じディスカッショングループにいて、決して悪い人ではないんだけれど、時々(わたしの持っている価値観からは)配慮に欠けるそぶりがあって、それがなんだかわたしのなかでは「傲慢さ」にうつっていた。
短期間だったから深い関わりを持てたわけではないけれども、でもその「傲慢さ」は、人によっては差別と感じてもおかしくないような、攻撃性も含んでいる気がしていた。

だからこそ、彼が自分がユダヤ人家庭の出身で、それにまつわる差別の経験を共有してくれたとき、ちょっと腑に落ちたところがあった。
とくに多民族国家のアメリカでは、いくら自分の国にいても、自分にとってのホームにいても、差別をされるという環境がある。そんな環境下では、時として自分の主張を強くもって、他を顧みずにガツガツ強気でいるいことが必要なときだってある。それが生き抜く術なのかなと思ったのでした。
だからなんだか、日本で育ったわたしは向こうからしてみたら生緩くうつるのかもしれない。平和ボケってこんなとこにもあるのかも。それが良いか悪いかは別として。


そんなことがありつつも、日々コスタリカのラテンな雰囲気と学校での多様性にもまれながら勉強がんばります!






2015年7月19日日曜日

What is peace? のこたえ

先日の比較政治の授業で、
" What is peace?"という問いがでました。
Asian Peacebuiders Scholashipという名のプログラムに参加していて、これから平和学を修めるなら当然の質問だけれど、むずかしい。

そしてその日はちょうど、日本で安保法案が強行採決された日で、
まあそれとは関係なく、たまたまその日の課題文献がそういう内容だったのもあったけれど、
アジア5カ国から来たクラスメイトたちとそれぞれの平和の定義をシェアしました。



いろんな答えがあっておもしろかったんだけど、特徴的だったのは

No war/conflict
No violence
No hunger
No deprivation
No anarchy
No desire (ラオスのクラスメイトから出たこの答えは先生からとても仏教的な考えだ、っていうつっこみがあった)


"〜がない状態"という意味合いが多くでてきたこと。
たしかに、平和を定義づけするときに、あるものよりもないことに目を向けることが多い。

それを先生が指摘したときにマザーテレサの "I was once asked why I don't participate in anti-war demonstrations. I said that I will never do that, but as soon as you have a pro-peace rally, I'll be there. (以前、なぜ反戦運動に参加しないのかと聞かれたことがあったけど、わたしはそういうのには参加しない。でも平和集会にはもちろん参加するわ。)"という言葉をちょっと思い出した。

物事は捉え方しだいなわけで、どういうベクトルに向かってエネルギーを使うかはすごく大切。
わたしは反対するほうにエネルギーを使うよりも、賛成するほうに使ったほうがはるかに効率がいいとおもう。
なによりそのほうが楽しいしね。


だからこの平和の定義においても、なにかをなくすことよりも、なにがあったら平和と言えるのかに目を向けたいなと思ったのでした。




2015年7月8日水曜日

雨期と課題と暴風雨

早いもので七夕もおわり、あと一か月ちょっとで中南米コスタリカに飛ぶ予定!

先月から国際関係学に加えて比較政治学の授業も始まり、Academic Englishの授業も週に2回のプレゼンやエッセイに追いかけられてすっかり忘れていましたが、
フィリピンはただいま、絶賛雨期です。

雨期ってウガンダにもあったしーと思っていたけれど、さすがフィリピン。
ストームがありました。
2時間やそこらで止む雨とはわけが違うのね。
そしてきょうはその台風の影響とやらで、朝から学校が休みになりました。
勉強しに来ている身分としては不謹慎ながら、ひゃっほー!と叫ぶ気持ちを抑えられないくらいうれしかったり…。
もう次から次へと湧いて出てくるような課題の数々に溺れかけていたから…ちょっと余裕ができてよかった♩

最近は土日も課題に追われまくり、今週に至っては先週末からはじまった集中講義のおかげで土曜日も朝から授業です。
これがうわさの大学院生とやらか!というくらい大量の読み物と書くことに追われていて、アフリカで何もすることがないことに困っていた時期がなんだか懐かしく思えてきたり(笑)

そんなわけで、授業は難しいことがたくさんあって悩みつつも、自分の興味のあるテーマを調査することができるから結構おもしろかったりもします。国際関係学では中国のアフリカへの教育援助について調べているんだけど、わたしが思っていた以上に中国の影響力ってすごくて。

”教育援助”と言っても中国側はあくまで "文化交流"としての位置づけを主張しているから援助という線引きも難しいのだけれど、2012年には国費留学生としてアフリカ全土から5500人を中国に招聘していたり、とにかく援助の規模が大きい。
ウガンダにいた当時、子どもから大人まで(多かれ少なかれ偏見が含まれる)チャイナコールをされて非常に腹立たしかったんだけど、考えてみればあんな辺鄙なウガンダの村にまで中国という存在が知られているのはものすごいことなんだね。

と、課題に思いを馳せていたら、あしたとあさっても学校が休みになりました…(笑)
フィリピンの雨期ってすごいな…どうか洪水おきませんように。
安全第一でがんばります。



2015年6月5日金曜日

ルソン島北部の旅

久々に1週間の休みなのでどこかいかなきゃ!ということで、ルソン島北部へ行ってきました。
休暇の直前まで課題と授業に追いつめられていたため、ほとんど何も調べること無くはじめた今回の旅。バスターミナルさえよくわからないまま出かけたので、結果的にタクシーを乗り継いで3つもバスターミナルを回ってしまった(笑)
そんな始まりだったものの、無事に夜行バスに乗れてマニラから約10時間の小さな町、バナウェに着きました。
小さい町にもかかわらずたくさんの観光客がいる理由は、世界遺産のライステラスこと棚田があるから。
道ばたで話しかけられたトライシクルのお兄さんをガイドにして、世界遺産のポイントまで連れて行ってもらいました。
道中も壮大な景色にほれぼれ、というかもうすでに棚田の景色がはじまってました。



なかなか写真では伝わらないけれども、ただただ圧巻。
ウガンダでの2年間、さんざん米に関わることをしていたので、この棚田を手入れして維持し続けることがどれほど手間がかかるのか容易に想像できる。
そして世界遺産のメインポイント。



世界遺産の場所はやっぱり迫力がちがうけれど、どの棚田も先祖代々受け継いで守り続けているのはすごいことだし、ここのお米のほとんどが地産地消ということを聞いてまた感嘆したのでした。

そしてこの地域に暮らす先住民族イフガオのおばあちゃんたちにも遭遇。


鮮やかな民族衣装がとってもすてき。
別のおじいちゃんはなんと自称114歳でした。とにかく長生きなんでしょう。
ワキワキー!っていうあいさつがかわいかった!
天候にも良い出会いにも恵まれてなにより。


今回の旅の主な目的はここバナウェで、本来はここに宿泊する予定だったけれども、バナウェに着いてから予約した宿がサガダというバナウェから3時間の町にあることが判明(笑)
というわけで早めに観光を切り上げて、サガダへ移動。

サガダはhanging coffinという棺桶を崖に吊るすという、なんとも不思議な文化が残るところ。そして町にいくつかある洞窟もまた見所のひとつ。
といっても小さい町だしね、それほど期待していなくて…
そもそも完全なわたしのミスで、全くもって予定外の町への滞在だったわけで。
しかしこれが、なんとも素敵なところでした!

というのも、この地域に入ったアメリカのミッショナリーが地域活性化のための技術を提供したらしく、観光産業がものすごく充実していて、しかもクオリティーが高い。
とくにお土産はジャムやスナックとか食料品もあるし、Tシャツのデザインもなかなかかっこよくて、とりわけ気に入ったのが伝統的な布を使ったバッグやポーチなど。


デザインもさることながら、チャックとか縫い目もしっかりしていて、日本にも輸出できるんじゃないかという高品質。
全部ほしくなるほど、大興奮なのでした。
マニラでは売っていないとのことなので、ミスとはいえサガダに立ち寄れて本当によかった!

そして見所のひとつ、hanging coffinもとても興味深かった。

いまでもこの伝統は続いているらしく、ガイドしてくれたお兄さんは死んだらこうやって埋葬してほしいとのことでした。
そしてこの伝統はインドネシアと中国にもあるらしくて、場所がちがっても人間同じことを考えたりするんだね。

サガダの次は途中の街、バギオで途中下車。
フィリピンの軽井沢と呼ばれるだけあって、標高1300mくらいの街は涼しくてすごく居心地がよかった♬
ここでは博物館で先住民の暮らしを学び、美術館ではフィリピンの現代アートに触れて、駆け足ながらも充実した散策でした。

というわけでバケーションも終わり、来週から本格的に大学院生です。
新しいメンバーとも合流して、超多忙スケジュールを手渡され、あたふたしつつも学生生活楽しみます〜

2015年5月30日土曜日

Tangerines

英語の第二モジュールが終わり、きょうから一週間ほど休暇にはいりました♬

今月半ばから、大学院の授業のひとつである国際関係学がはじまって、英語の授業も大詰めでプレゼンテーションやらディスカッションやらエッセイやらで、ずいぶんと睡眠時間を削った2週間でした…。

国際関係学(International Relationships)の3時間の授業についていくには、大量の英語の読み物をこなす必要があって、基本のセオリーを叩き込んでから実際に世の中で起こっている事柄に当てはめていくのはなかなか難しい。。先生の早口の英語どうこうよりも、そんなことでつまずいてますが、それでもいろんな国籍のクラスメートからそれぞれの国事情を聞くのはとても興味深いです。

先日、その授業でTangerines というエストニアとジョージア(グルジア)の共同製作映画をみました。( 参照:http://eufilmdays.jp/film/tangerines/ )




1990年代、コーカサス地域にあるアブハシアという地域での紛争中の出来事をモチーフに作られた映画。
このアブハシア、調べてみるとアブハシア共和国という名でグルジアからの独立を宣言していて、ロシアはそれを承認しているものの、世界の多くの国々からは未承認の国。
こんな国の名前、聞いたこともなかった。
この地域は民族も文化も多様で、知らなかったのがちょっと損な気分。


映画は、そんなアブハシアでオレンジの栽培をしているエストニア人の老人が、領土争いの最前線にいるグルジア人とチェチェン人の負傷兵を家で看病するところからはじまります。国同士の平和構築は難しくても、一人の人間として対話をすることで憎しみは慈しみに変わっていくのかな、と感じた映画でした。

授業のセオリーを生かしてもっと論理的に読み解きたいところですが、とりあえずバケーションにいってきます♬

2015年5月15日金曜日

プレゼンと通過儀礼

久々の更新!
気付けばフィリピン生活も3か月目に入りました。
相変わらず。フィリピン人に間違えられながらも楽しい日々です。

近頃は授業もすっかりレベルアップして、日々課題と眠気と闘ってます。
まだ自炊も続けているけれど、「いずれそんなこともしてられなくなるわよ」と先生から脅されました(笑)

そんなこんなで、論文を読んだり小さなペーパーを書いたり、スピーチやプレゼンの授業を通して自分の苦手なところが明確になって打ちひしがれながらも、すこしずつ時間が経つに連れて身についてきているのかな、なっていてほしいなーと思ったり。
大変な授業でもがんばれるのは、愉快なクラスメートたちのおかげです。

今週のSpeaking& Listeningの授業は文化人類学のトピックを扱っていて、きのうは通過儀礼についてのグループプレゼンテーションをしました。
3チームにわかれて、それぞれ成人式、結婚式、お葬式について各国事情を発表。
わたしは成人式チームで、パプワニューギニアの部族がやっている、ワニの文様を入れる成人儀礼を紹介したら、みんな写真見ただけで痛がっていました(笑)

全身にワニの鱗のような模様を入れたら一人前!

それからクラスメートが日本のお葬式について紹介していて、そのなかで死に衣装では着物を左前に着ると説明したら「なぜ?」と先生に聞かれて、たしかになんでだろう…と思ったり。日本にいたらあたりまえだけど、気付かないことっていっぱいあるのね。
あとカンボジアの元お坊さんだったクラスメートが、結婚のときにどうして薬指に指輪をするの?という疑問を持っていて、またまた、当たり前のことほどよく知らないなーと思い知らされました。

いろんなお国事情を知るのはやっぱりおもしろいし、同じところもあればちがうところもあるという発見がなんとも新鮮でした。